選択するということ。それでも僕は挑戦し続ける。
2012年3月。当時大学生だった僕は恋愛工学の門を叩いた。
いせやん君は彼女いるの?
彼女はいないよ。
へえ~、いつ別れたの?
2年前の冬かな。
そうなんだ~。・・・
僕は知らない男女が出会ったときに必ずするであろう恋人チェックが大嫌いだった。
正確には、毎回テキトーなことを言って、はぐらかす自分が嫌いだった。
イケメンでも金持ちでもおしゃれでもない。何も持たない、何者でもない日常からの脱却。これが僕の行動ベースになるのに時間はかからなかった。
現実はいつも残酷だった
頻繁に連絡を取り合い、会えばいつもニコニコしていた子には彼氏がいたことを。
まっ、あの子でもいいかなぁと上目線で見ていた子にさえ、『あいつキモイよねー』と陰口を言われていたこと。
世界は不公平で、不平等なことで溢れている
例えば、意中の相手に告白しようとかなと思った時に、誰もが行動という名のサイコロをもっていて、この『サイコロ』を振るという行為は同じでも、美男美女の持っているサイコロは1/6よりはるかに高確率で成功する割合が多いかもしれないし、男性の身長でいえば160cmの人と180cmの人、女性の若さで言えば、20代前半の人と30代の人で残酷なまでに結果に差が生まれるでしょう。それでも失敗し、もがき苦しみながらも成長している人って素敵だなって僕は思うんです。
チャレンジはある一定の失敗の確率を含む。失敗の確率が低いものはチャレンジではなくただの実行。チャレンジし続けるという事は失敗するリスクを取り続けるという事なのだけれど、結果に潔癖な人はこれを恐れる。失敗は消せないものだと考えている。
— 為末 大 (@daijapan) 2014, 3月 5
結果に潔癖な人は成功するというより、成功しそうな事しかやらない。だからチャレンジの数が人生で少なくなっていく。チャレンジは自分に限界を超えさせて、成長を促す。そのチャレンジが不足するという事は長く見ると成長が滞り、結局結果が出なくなっていく。
— 為末 大 (@daijapan) 2014, 3月 5
絶対負けない方法がある、それは戦わない事。やるからには結果を出さないという価値観が強すぎる人は、いずれやらなくなる。やらないから経験がなく、全て頭で考えた世界で生きる。プライドが肥大化し、そして現実とどんどん剥離する。
— 為末 大 (@daijapan) 2014, 3月 5
結果に潔癖な人は例えば90%成功する事が成功だと思っている。でも人生は例えば一つ成功すればいい。そしてそれに挑む回数には制限がない。例え成功率1%でも、数打てば当たる。そして当たればそれまでの失敗は全て”意味があった”と評価される。
— 為末 大 (@daijapan) 2014, 3月 5
【終わり】思いっきり挑戦して、失敗すれば笑う人も馬鹿にする人もいると思う。そういう時は自分も一緒に思いっきり笑えばいい。そして気が済んだらまた挑戦する。結果は運だけれど、挑戦は選択。勇気を持って選択し続ければ本当に勇気がある人間になれる。
— 為末 大 (@daijapan) 2014, 3月 5
今からオリンピックで金メダルを取るぞ‼︎
それでもサイコロを振り続けるという選択をすること
今あなたにできることは、サイコロを振る(挑戦する)か、振らない(諦める)かを選べることです。可能性を100%にすることはできないけれど、可能性を0%にすることはできます。サイコロを振るという『選択』をすれば当たる確率が限りなく低くても『0』にはなりません。しかしサイコロを振らずに立ち止まっていては、当たりの目がでることはありません。永遠に0です。
結果は運だけれど、挑戦は選択。勇気を持って選択し続ければ本当に勇気がある人間になれる。
受け入れたくない現実を嘆き、見たくない自分に目を背け、SNS上でマウントを取り合ったり、他人に悪口を・・・。
これ以上は何も言わない。
さあ。一緒に一歩踏み出そうか。
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